2014年2月5日水曜日

弾幕シリーズ(仮) 二、鬼灯の冷徹2話の弾幕を分析してみた(上)

 正直に言うと「鬼灯の冷徹」は中国でも大人気になったのは思わなかった。
 なぜかというと、中村光先生の「聖☆おにいさん」の評価がちょっと微妙だったからである。個人的にはすごく好きだが、宗教ネタが多すぎるのは原因かもしれないので、中国のオタクの中ではそんなに広く受けられない感じがする。テーマが似たような「鬼灯の冷徹」はそこまで受けたのは予想もしなかった、なぜ人気の差があるというと、まだ原作を読んでいる途中だけど、自分が考えたのはやはりネタとアニメ化の影響が大きいと思う。
 まず、宗教ネタについて。中国(現代中国と言ったほうが適切かも)は完全に無宗教だから、ブッダはまだいいが、イエス(キリスト教)の元ネタはあまりにも馴染まない。もちろん日本も無宗教だ、日本人は無宗派だとよく指摘されているが、自分から見ると、日本はとても宗教的な国で、日本人もすごく宗教的だ。当然欧米みたいな感じではなく、出産、結婚、葬式、日本人の生活には宗教の要素が多く含まれ、しかも様々な宗教の影響を受けている。従って、仏教だけではなく、キリスト教のネタでも受けられる。「鬼灯の冷徹」は地獄舞台で、ある程度宗教的要素が入ってるものの、「地獄」自体や仏教をネタとするところは少なく、あくまでも背景で詳しく知らなくても作品の理解に何も影響がない。「聖☆おにいさん」の舞台は東京の立川、わりと日常生活に関するシーンが多い。日本住みの人は漫画を読んで、「あるある!」と思うけれども、外国人はなかなか共感しにくいだろうなとちょいちょい思う。
 次は、オタクネタについて。鬼灯さんもブッダもイエスもある程度オタクと言えるので、作品の中でオタクに関するネタは数多く見られる。しかしネタの方向性はちょっと違う、鬼灯さんはどっちかというとアニオタ/物知り、イエスはどっちかというとゲーマー/特撮マニア、ブッダはどっちかというと漫画オタ、従って原作で出てきたネタの分野も少し違う、やはり特撮よりアニメのネタはうけやすいと思う。
 最後はアニメ化について。「聖☆おにいさん」は映画化されたが、映画の表現は原作と異なるところは結構あったので、一部の原作ファンの不満を招いた。やはりギャクマンガの場合、映画化よりアニメ化のほうがいいなと思ってしまう。

 では、弾幕の話を戻りましょう。
 鬼灯の冷徹を取り上げたのは大人気の以外に、ネタが満載で、ネタに対する違う反応を比べてみると随分といろんなことが分かるので、今回第二話を使って、分析してみた。

①OP:空耳は基本
この辺は両方ともやっているが、やはり言語の原因で空耳は随分違う。
中国語:地獄→挤蘑菇(キノコをつぶす)基友哭(ホモが泣く)もあるw
日本語:地獄連発で事後事後に聞こえちゃうよね(笑)       
        


②銀魂のネタ
 「ズラじゃない、桂だ。」
銀魂の人気は日中でも不動だと思うが、やはり日本語のネタになると中国の弾幕が薄い。「カニがズラに絡まっているズラ」に対する反応があまりない、字幕組にとって日本語のだじゃれを中国語に翻訳するのも難しいしね。


 遺品を見たシーン銀魂のネタ、新八=眼鏡また出てきた。それ以外に、鬼畜眼鏡のコメントもあって、やはりビリ動のほう女の子が多いイメージがする。

 
 同じシーンで、ニコ動のほうは「三途の川 渡し賃(六文銭)」についてのコメントが多かった。知らなかったので調べてみた、意外と面白かった。いちいち書くのはややこしいので、表を使って比べてみた。


中国
日本
地獄の玄関
奈何橋
注:①奈何はどうしようもないという意味②中国でも三途の川(忘川)があるが、渡舟がない。全員橋で渡るので、地獄の玄関と言えば、奈何橋のイメージが強い
三途の川

宗教
仏教と道教
仏教
由来
川の水は亡者生前の行為によってスビードが変わるため
渡河方法に三種類あったため
渡る方法
善人は簡単に渡るが、罪人は牛頭馬頭に「血池河」(三途の川のことかどうか知らないが)に投げられ、苦しみを体験する
渡舟によって渡河
鬼
孟婆
奪衣婆、懸衣翁
鬼の仕事
「孟婆湯」を飲ませて、亡者前世の記憶が忘れられる
六文銭を持たない死者が来た場合に渡し賃のかわりに衣類を剥ぎ取る
補足
地獄に行く→奈何橋を渡る
生き返る→銀の橋と金の橋を渡る
金の橋を渡って金持ち、権力のある人になれる。
銀の橋を渡って一生健康になれる


③唐瓜と茄子
 ニコ動の弾幕を見て気づいたが、唐瓜と茄子はキュウリとなす、お盆の精霊馬をイメージした。さらに言うと、キュウリ=馬、お盆のときに、少しでも早く迎えられるようにとの願いを表現し、ナス=牛を表現し、お盆が終わって、帰るときはのんびりと、これで二人の性格も合っている。原作者は随分と考えたなと感心しちゃう。
 中国のお盆は日本の習慣とだいぶ違い、紙でできたお札を燃やして、天国に送金するのが中国の習慣である。紙でできた車や馬などを燃やすところもあるが、最近家電、車など高額商品を燃やすのはトレンドだそうだ。従って唐瓜と茄子に反応がないのも当たり前だ。
 ちょっと面白いと思うのは、唐瓜=幼少期の土方、茄子=幼少期の銀時と捉える人(腐女子かな)が多い、確かに目付きと髪型は微妙に合っている。腐女子たちの想像力に脱帽。(笑)
 ちなみに茄子のセリフ「俺、パンツをモラルと呼ぶんだ。」発音が似てて、モラウが聞こえるというコメントがあった。まさか今日でもハンターハンターのファンがいるとは、ちょっと感動した(笑)




TBC

2014年1月28日火曜日

弾幕シリーズ(仮) 一、弾幕そのものとちょっと情報学っぽいもの(1月28日更新

 こんにちは、今日もゆるいアニメのネタです。
 弾幕についてのネタなんだが、シリーズになるかもしれない、今回はあくまでも「序」であり、現状だけ紹介する。その後、私の興味があるアニメをピックアップして、弾幕の具体的な違いを分析したいと思う。もし取り上げたいアニメがあれば、気軽に教えてください。お願いします。


弾幕シリーズ(仮) 一、弾幕そのもの

 皆さんは弾幕好きかな?私は好きだ。もし弾幕がなければ、三分の一の楽しみがなくなると思う。リアルタイムでアニメを見るのはほとんどなく、普段は大体ビリビリ動画/ひまわりで一回見て、ニコ動配信で二番煎じ、場合によってn番煎じ。時々アニメ自体はつまらないが、弾幕が面白いから続いて見られる場合もある(印象深いのはBROTHERS CONFLICT内容はありふれた乙女ゲームの感じだが、ニコ動の弾幕が面白すぎてにやにやしながら最終話まで見たorz)
 弾幕の楽しめる方法はそれぞれだと思うが、自分の場合、ネタを集めたり、新語と新しい表現を勉強したりして、日本語語彙の量は結構増えた(現実では使う機会は全然ないのだが...)。
 それ以外に、弾幕は作品の人気を直接に反映するので、違う作品を縦に比べることだけではなく、横に各話の比較も面白い、例えばまどマギ三話、天元突破の八話など急展開があったため弾幕はピークになって非常に分かりやすくて面白い。
 ニコ動の場合、弾幕の数は普通に五六千程度、1万2万超えたらもう人気作品だと分かる。一方、ビリ動の場合、昔ユーザーはまだそんなにいなかった場合、3000は上限。3000超えたら(サーバーが耐えられなかった原因かも)弾幕が消されたり反映できなくなったりする場合があった。今は全然大丈夫で、大ヒットの作品だったらニコ動に負けないくらい数である。4クール以上のアニメ1000前後は普通、3000はかなりいい方。今放送されている春アニメの場合、4000から6000はまあまあ、1万超えたら大ヒット。10分間以内の動画、MMDなど500〜1000は目安。ちなみに、コメント最大のアニメを調べたいけど、今のところどうやって調べていいか分からないので、ご存知の方教えてください。(ニコ動のほうは、一応ニコニコで最も○○な××の一覧というページがあるけれども、アニメのところ、チャンネルと動画一緒になってしまい、具体的な数は調べられない。ビリ動のほうだったら、テスト用動画以外だったら噂により美琴は可愛すぎるという動画の弾幕が一番多いらしい。ただしアニメ番組のほうも、調べる方法は分からないので、分かる方がいれば、教えてください)
 もちろん、言葉遣いとネタの古さ(?)から年齢、性別を推測するのも面白いし、さかに声優さんの人気や今一番熱いCPが分かるので、非常に興味深い。同じネタなのに、日本と中国のオタクは違う反応を示して、なぜこのような違いがあるだろうか、社会や文化の要素でもあるだろうかと考えたらわくわくしてたまらない。比較文化の視点からいい研究になるかも?!(キリッw
 では、次の記事は日中でも大人気な「鬼灯の冷徹」の第二話を取り上げ、分析してみたいと思う。今週内でアップする予定で、どうぞよろしく。



補足:
1、「弾幕」この言葉について
 書き終わったら気づいたが、「弾幕」この言葉について中国語と日本語の使い方はちょっと違う。
 まずニコ動百科により。
ニコニコ動画上のコメント機能によって、画面が同じコメントで覆い尽くされること。またそれをする行為。
説明から見れば、多少否定のニュアンスが読み取れ、「荒らし」行為だと見方もある。ただし、中国語のほうはまったくそういう感じがなく、むしろ弾幕=「画面上で流れるコメント」の使い方が主流である。ちなみに、ビリ動では一応コメント欄が設置され、自由に投稿できるが、アニメの画面上では流れない。従って、ダウンロードのリンクはよく貼られる。
図1 ビリビリ動画のコメント欄 
このような使い方とニュアンスのズレがあるので、これからこのシリーズで使われる「弾幕」という言葉は全部「画面上で流れるコメント」というふうに理解してほしい。

2、中国の弾幕サイトについて
 中国では一応四つの弾幕サイトがある。よく知られるのはビリビリ動画、Acfunだと思うが、昔の記事でTudou傘下の豆泡とTucao(日本語のツッコミの意味、詳しくはこちらの記事を参考→最近の事件から見る中国オタク向け動画サイト)についてもちょっと紹介したことがある。
 今一番人気なのはもちろんビリ動だが、比較的に年齢層が低いから弾幕がめちゃくちゃだという意見もある。ニコニコ動画のコンテンツを転載することが多いからオリジナル性が少ないかも。Acfunは運営側のせいでユーザーは昔と比べてかなり減ってきたが、大手の同人サークルに支えられたからオリジナル性が一番高く、独自なコンテンツがたくさんあり、中国オリジナルオタク文化の重要な発祥地だと思う。最近UIを改善したり、生放送に力を入れたりして、まだまだ現役だと感じられる。豆泡は出された頃から不評で、Tucaoに抜かされ、今の弾幕サイトはビリ動、Acfun、Tucao三者鼎立という状況だった。
 ちなみに、この三つのサイトとも見られるアプリがある。ビリ動の公式アプリより使いやすいので、オススメ。
図2 iACG

 ニコ動とは違い、中国の弾幕サイトはなかなか利益が出られない、ほとんど無料のコンテンツでユーザーからお金を取るはずがない。ビリ動の管理員は何百万の借金があるという噂を聞いたことがあるし、Acfunの管理員もよく自分のweiboでお金がないとつぶやく。
 このような経営方式で絶対長く続かないと思うので、これからどうするのか気になるところだ。

3、弾幕とオタク文化の高い相性
 ニコ動について多数の研究が行われ、その中社会学者の濱野はニコ動の人気を検討したとき、時間性の観点からこのように述べた。
人気動画サイト「ニコニコ動画」の場合、実際に動画を見てコメントを入れている時間はバラバラだけど、動画再生時間(タイムライン)に集約し時間軸をシンクロさせることで、一緒に見ている(リアルタイム)ような感覚がしてしまう。このように、Twitterとニコニコ動画は社会における非同期的な時間性を同期するようになり、人気がある原因の一つだと考えられる。
それ以外に、相互作用を促す触媒的な存在ーー「タグ機能」によって「N次創作」の役割も大事だと濱野が指摘した。それはあくまでも仕組みの原因で、視点を変えれば、なぜ弾幕サイトはオタクだけ受けるだろうか、興味深いと思う。
 ちょっと考えてみれば、オタクって確かに国籍問わず似たような気質があると思う。図の示したように、時々深読み傾向が見られる。

図3 Anime Fan
  岡田斗司夫は「オタク学入門」の中で「オタク」とは「進化した視覚を持つ人間」と述べ、進化した視覚を持つから画面の隅々まで見て、隅々までツッコミだろうかと今思った。
 (もうちょっと書きたかったが、ニコ動の生放送を見るなうから集中できないm(_ _)m今日はこれでおしまい、続きの記事で合いましょう)

2014年1月7日火曜日

年賀状

 日本に来て二年ちょっと。毎年年賀状を送る習慣がある。最初はただの「郷に入っては郷に従え」、いつのまに習慣になってしまった。
 送る相手は本当にバラバラ。両親、バイト先の人、お世話になった先生、友達、ネット上でよく話す人、毎年20枚ほど送る。大した数字ではないが、結構手間かかっちゃう。プリンターがないため、全部手書き、メッセージも出来るだけそれぞれ違うものにする。面倒くさいけど、こだわりみたいなものになって、みんなの返しもこっそり期待している。
 年賀状は本当に不思議なもの。なぜ不思議というと、その微妙な距離感は好き。正直にいうと、連絡を取ることは好きではない、むしろ嫌なタイプで、自ら友達に「最近はどう?元気?」を聞く人ではない。心を開いて話せる友達は片手で数えられる、長年付き合いの友達は一人いるかいない程度。そんな自分だが、毎年年賀状を送る。

 文化人類学者のジェレミー・ボワセベンによる対人距離ゾーニングモデルは面白い。彼は対人距離を親密ゾーン、実効ゾーン、名目ゾーン、外延ゾーンに分ける。同じく人類学者の木村忠正は彼の理論を用い、対人距離を定量化、日本社会のコミュニケーション空間の構造モデルを提出した。彼によると、音声通話など同期的コミュニケーションの対人距離感が少ないが、空気を読む圧力のレベルが高い。それに対して、「非同期的」「非侵襲的」なテキストメッセージの場合、時間軸の離散性を容易にコントロールでき、対人関係の社会心理的空間は微妙な距離感覚を得られる。
 年賀状はまさにそういう存在である。
 手紙というメディア、特定の相手と定まれた様式で、非同期でありながらちゃんと返しは必要となる。ツイッターというメディア、不特定の相手だが自由な様式、「テンションの共有」が得られた分に「親密さ」が損になった。これは大抵のオンラインサービスの特徴であろう。
 年賀状の場合、送る相手は特定だが、自由に選ばれる。非同期的で、自分にとってちょうどいい距離感が感じられる。何よりも、「長い間連絡してないが、私ちゃんとあなたのことを覚えている、あなた今元気かどうかを気になる」という隠しメッセージが送られるので、嬉しい。これこそずっと年賀状を送り続ける理由だと思う。
 
 時代が変わり、メディア=媒体はどんな形に変わってもその本質は変わらぬままである。情報の運び手として、人と人を結ぶ。我々は、見える見えないメディア=媒体の糸によって、それぞれ端点となり、線分になる。一人の場合、単なる直線で、寂しさは無限にまっすぐ伸びる。
 だから、メディア=媒体を通じてのコミュニケーションは常に双方向でなければならない。
 だから、返しの期待はひっそり存在する。

 私は一年間くらい福岡にいた。そこで、半年くらいバイトしたお店がある。去年福岡から離れて、お店の全員に年賀状を送ったけど、一つも返事がなかった。当時バイトしていた人はまだいるかどうか分からないから今年店長とオーナーだけ年賀状に送った、今の時点で返事はまだない。別に年賀状の返しが欲しいわけではないけど、「届いたよ」みたいな確認が欲しい。メールでも構わない。
 人生の思い通りにならない事十中八九だが、何よりも人情の薄さにちょっとがっかりしたかも。よそ者の自覚があるが、やはり、少しだけでもこの土地の人間と何らかの関係を結びたいな。
 来年、また年賀状送るかな。

 


2013年7月11日木曜日

ネタとパロの使い分けから

 私は「ネタ」と「パロ」の使い分けはよくわからない。
 pixivでイラストを見るときよく目にする「死ネタ」「現パロ」「転生パロ」とか、意味は分かるが、なぜ「死ネタ」で、「死パロ」とは言わないか、調べても納得できる答えが出てこない。
 まず「ネタ」の意味だが、日常でよく使われているのに対して、どういう意味かはっきりと答えることができない。さらに、二次元における「ネタ」の意味はもっと曖昧で、「ネタバレ」「小ネタ」「元ネタ」など造語がいっぱい出てくるものの、「ネタ」の元の語源と離れた傾向が見られる。
 「ネタ」の語源について、私はニコ動百科から見つけたこの解説に特に気に入った。
 128 : ななしのよっしん :2013/07/06(土) 00:06:23 ID:6U+XqZ/7md
KYで悪いが、語源は>>1が書かれているように、タネ(種)の逆さ読みなのな。メーアーリーフー(=雨天)とかと同じ符丁なんだが、ネタという言葉は江戸時代から使われている。寿司のネタも、もとは寿司の種、である。種にはシードという意味から派生した、「基になるもの」「材料」という意味があって、これがネタの直接の意味。つまり、本質を伴ったものの根幹を成し得ないものは「ネタ」ではない。(cf. 元ネタ、漫才のネタ)ましてや、ネット上に騒擾を誘発する類の作り話は、本来ネタという語の企図するところではないだろう。[1]
  ポイントは二つある。一つは「本質」で、もう一つは「根幹」である。この解説から見ると、「死ネタ」など造語の中で間違っている使い方が多い。また「パロ」の意味について、二次元における使い方はこのように。
基本的には「元ネタを知っている」ことを前提に、それを引用してもじったり、へたに真似たりすることで、引用・改変したこと自体を楽しむのがパロディである。[2]
この意味だと流行っている「進撃の巨人OPパロリンク」「デュラララ!!EDパロリンク」の使い方は正しいと判断されるが、前あげた例「現パロ」とかどう考えても妥当できない部分がある。
 もちろん言葉の意味は常に変化している、語源だけこだわってだめだと思うが、どうすればネタとパロの使い分けを理解すればいいかまだ解明できないままだった。
 語源ではなく、キャラの属性と世界観の関係から理解を得られると最近は考えてきた。例えば、「死ネタ」と「中の人のネタ」この二つよく使われるタグ、どっちでも原作の世界観から離れていない。それに対して、「現パロ」「学パロ」「転生パロ」など、明らかに原作の世界観を捨て、自分なりの設定(現代社会、学園、転生)を含める、だがキャラの萌え属性を重視しているという共通点がある。
 私の母語は日本語ではないので、パロとネタの使い分けは単なる言語上の習慣かどうかはっきり言えない、また派生語を作った人はどこまで意図しているかも分からないが、属性と世界観から理解すれば、その使い分けは納得できると思う。

 キャラの属性と物語の世界観の関係性の視点から、東浩紀氏は「動物かするポストモダン」で、オタク系文化の特徴を「データーベース消費」だとまとめた。東浩紀により、90年代大ヒットした「エヴァンゲリオン」が「キャラ萌え」を重視し、物語がいらない「データベース消費」の代表だった。それに対して、70年代から人気があった「ガンダム」シリーズの世界観や歴史観が充実したため、「物語消費」の代表だとされている。[3]
 図1の示したように、物語消費は上の画像で、データーベース消費は下の画像である。
 本が出されてもう10年以上経ったが、物語などなくても、データベースだけでコンテンツ消費は成立するという考え方はまだ通用している。今日私たちアニメやマンガを見て、消費するのは「小さな物語たち」であり、私たち二次創作して、消費するのは「設定」である。

 図1

 東浩紀は本で「二次創作」について詳しく述べたが、今オタク文化では「二次創作」だけで止まっていなく「三次創作」「四次創作」など「N次創作」まで行ってる。
 「二次創作」は「キャラ萌え」を重視し、世界観はどうでもいい、用いるかどうかキャラの「萌え」をアーピル次第である。しかし、「二次創作」にもとづいて出された「三次創作」には、世界観の設定は欠かせない。以前、設定の組み合わせはマンガの作者やアニメの制作者の仕事だったが、今オタクたちも自ら設定を組み合わせるようになった。
 さて、なぜこのような「N次創作」が出てきたかとういうと、ニコニコ動画やpixivこのような相互性が高いサイトと関係があると考えられる。それについて、濱野智史は、相互作用を促す触媒的な存在が必要で、「タグ機能」がその触媒として役割を担っていると分析している[4]。しかし「タグ機能」は別に珍しいものではない、ニコニコ動画やpixivだけではなく、Twitterやinstagramなど今ほとんどのサイトはタグ機能がついてる、なぜN次創作が盛んでいるのはニコニコ動画とpixivだけなんだろうか。タグをつけられるのは「自分」か「他人」かという点はとても大事だと思う。Twitterやinstagramは自分がタグを入力という仕組みである、それに対してニコニコ動画やpixivでは他人でもタグが編集できる。他人にタグをつけられることによって、相互性が高まり、N次創作の可能性が生じるわけである。
 
 少し唐突だが、ここでおしまい。


参考文献:
[1]http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%8D%E3%82%BF
[2]http://dic.pixiv.net/a/%E3%83%91%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3
[3]東浩紀著「動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会」講談社現代新書 2001年
[4]濱野智史 「ニコニコ動画の生成力」「思想地図〈vol.2〉特集・ジェネレーション」 日本放送出版協会、2008年
図1東浩紀著「動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会」講談社現代新書 2001年 pp51
 


2013年7月5日金曜日

きゃりーぱみゅぱみゅと日本文化コード

 月曜日の地域社会学の授業中、東京発のサブカルチャーが取り上げられた、なぜオタク文化などは東京発か、またなぜこのような文化は欧米で受けるかという問題を巡って、少し議論したが、時間の問題であまり深く話し合われなかった。で、今回の記事では、授業中出てきたきゃりーぱみゅぱみゅの例を中心に論じたい。
 皆はもうきゃりーぱみゅぱみゅ知っていると思うので、紹介は省略させてもらおう。私初めて聞いたきゃりーぱみゅぱみゅの曲は「つけまつける」だった。メロディが単一で、歌詞もあまり内容がない、そんな歌は大ヒットになるなんて理解できなかった、その後「PONPONPON」を聞いて、急にはまってきた。なぜはまってきたのか自分もうまく説明できないが、「PONPONうぇいうぇいうぇい」このワンフレーズが頭の中で何度も繰り返されて、いわゆる「ディラン効果」である(笑)
 本題に戻るが、なぜきゃりーぱみゅぱみゅが人気になれるか。自分が考えたいくつの理由を説明しよう。

一、洗脳ソング
 初めて「洗脳ソング」この言葉を聞いたのはあの有名な「甩葱歌」だった。
(『初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた』にアレンジ加えてみた
  歌は http://www.nicovideo.jp/watch/sm1324740 まで参照)
 この歌は中国にもすごく受け、ボカロ人気の始まりと言っても過言ではない。その後は「らき☆すた」のオープニング「もってけ!セーラーふく」、一度見たら忘れられないくらい強烈なものであり、歌詞は理解不能に近いので、「電波ソング」と呼ばれる。要するに、このような特定の歌詞やメロディを繰り返すことによって、印象を残させ、頭がパーントランス状態に陥って、マインドはまるでコントロールされるようになる。
 きゃりーぱみゅぱみゅの歌詞を見れば分かると思うが、どっちでも繰り返す部分が多い。例えば
つけまつけま つけまつける
ぱちぱち つけまつけて
とぅ CAME UP とぅCAME UPつけまつける
ぱちぱち つけまつけるの
ぱっちりぱちぱ おめめのガール
ぱちぱち つけまつけて
つけまつけま つけまつける
かわいいの つけまつける
あるいは
CANDY CANDY CANDY CANDY CANDY
CANDY CANDY CANDY CANDY CANDY
CANDY CANDY CANDY CANDY CANDY
SWEETIE SWEETIE GIRLS LOVE
CHEWING CHEWING CHEWING CHEWING CHEWING
CUTIE CUTIE XXX CHEWING LOVE
CANDY CANDY CANDY CANDY CANDY
SWEETIE SWEETIE GIRLS LOVE
CHEWING CHEWING CHEWING CHEWING CHEWING
CUTIE CUTIE SO CANDY LOVE 
このような意味性が薄くて、繰り返す歌詞やメロディを使って、皆を「中毒」させる。
 正直に言うと、きゃりーぱみゅぱみゅは歌が上手い方ではない。実際中国のJPOPファンの中でちょっと「バカ」にされる存在、「顔も実力もないのになぜか売れた」と。それにしても、一度聞くと誰でもマネできて、頭から離れない。

二、可愛さの文化コード
 日本音楽市場では、JPOPは約四分の三に占めている。日本国内では、JPOPの売り上げは圧倒している(多分最近KPOPの割合が上昇している)のに、海外ではJPOPは全く売れていない。JPOPの音楽を買うのは、99.4%が日本人ということがあって、JPOPのファン=母文化は日本文化の人と言っても過言ではない。要するに、JPOPは強いローカル性があり、それを好む日本人の心理をより強く反映していると考えられる。
 世界中受けたいなら、ローカル性だけではなく、グローバル性も必要だと考えられる。では、きゃりーぱみゅぱみゅ音楽のグローバル性は一体なんだろうか。
 私はそれが「かわいさの文化コード」だと考えている。世界各国における、「美しさ」に対する考え方は大きな差異があるかもしれないが、「かわいい」は普遍性があると思う。サブカルチャーが流行っているなか、「kawaii」はすでに英語の外来語として使われているが、英語の中、同じ意味の「pretty」や「cute」等の言葉は昔から存在している。
 「かわいい」と言ったら、何か思い浮かべるだろうか。リボン?キャンディ?ピンク?動物?実際このようなものは世界中でもかわいいと思われる。このようなかわいさと連想できるものはきゃりーぱみゅぱみゅのMVの中でいっぱい出てくるので、国問わず誰でも受け止める。「PONPONPON」や「つけまつける」はその代表である。


しかし、日本人にとって「グローバル性」となるものは欧米の人にとって「ローカル性」(これはきゃりーぱみゅぱみゅは和製ガガと呼ばれる理由の一つだと思う)にすぎないので、欧米人にとっての「グローバル性」はなんだろうか。それはきゃりーぱみゅぱみゅ音楽の独特な世界観、私はそれを「想像される日本」だと呼ぶ。

三、想像される日本
 欧米の人にとって、日本と言ったらまず忍者だろう。「にんじゃりばんばん 」の編曲で日本の楽器が聞こえるし、MVのなかで出てきた着物、忍者、灯籠は日本文化を想起できる。欧米人はこれを見て、間違えなく「これは日本だ!」「これは日本の音楽だ!」と思っちゃうだろう。

 同じように、「ふりそでーしょん」は「成人式」をテーマとして、「振袖」の日本文化コードと大人になる普遍的な迷う気持ちと組み合わせ、受けるのは当然だと思う。(色具合は白と赤で、それも日本の色だと想起させ、わざとやるだろう)


 さらに、「ファッションモンスター」の中で登場したおじいさんはどんな役割を果たすのだろう。私はそれがファッション(=グローバル性)と対比する伝統的な日本文化(=ローカル性)だと想定する。おじいさんの和服、剣道は日本の文化代表で、MVのなかきゃりーぱみゅぱみゅがおじいさんと一緒に立っているシーンはファッションとローカル(グローバルとローカル)の調和だと理解してもよいだろう。


 きゃりーぱみゅぱみゅの動画のコメントを見れば分かると思うが、コメントの多くは「I love Japan」と書いてある、きゃりーぱみゅぱみゅはもはや歌手を超えて、日本の代表(コード)になりつつある。

四、運営
 日本の音楽界はまだ20世紀にとどまるイメージがあるとずっと思う。音楽の内容や特徴などそういう面ではなく、運営の方法である。みんなはあまりにもテレビ(視聴率)を重視しすぎて、インターネット上の宣伝は多少足りない感じがする。テレビの宣伝をどんだけうまくやっても、国内向けにすぎないから、海外に進出したい場合、youtubeなど欧米向け(いわゆるアメリカ発のソーシャルメディア)を利用したほうがいい。きゃりーぱみゅぱみゅの運営側はこの辺に強いと思う。最初からyoutube、itunes storeに力を入れて、今いい結果を得た。もし海外に進出したい場合、ほかの運営側もきゃりーぱみゅぱみゅの事例を見習ったほうがいい。

 もちろん、きゃりーぱみゅぱみゅさんの成功はこれだけの原因ではない(性格、センスの原因もある)、自分もちょっと過度分析した気がするが、サブカルチャーは研究対象として大変面白いと思う。

2013年7月4日木曜日

中国動画サイトの「大航海時代」が来臨、ニコニコ動画もそろそろ中国に進出したら?

2011年の年末、中国の大手動画サイト「土豆」と「優酷」は日本の東京テレビと連携し、アニメの「同時放映」する権利を獲得した。人気作品の「NARUTO−ナルト」、「BLEACH」、「銀魂」などが含まれて、中国国内におけるネット上「版権がある」アニメをリアルタイムで見ることはやっと現実になった。その後、「楽視」や「愛奇芸」なども次々と人気アニメの版権を購入し、大きな話題を呼んだ。
 図1は「2013年7月国内動画サイト版権アニメの一覧」である。図のように、「土豆優酷」(土豆と優酷は2012年で合併した)、「楽視」と「愛奇芸」は主力であり、意味深いのは大手IT会社の「騰訊」、「捜狐」や「迅雷」も加入した。(図1は一部だけ、表1は完全バージョン)これを見て、中国動画サイトの「大航海時代」が来臨したと言ってもよいだろう。

図1


楽視
土豆優酷
愛奇芸
騰訊
迅雷看看
捜狐
化物語
Free!
BROTHERS CONFLICT
超次元ゲイムネプテューヌ
きんいろモザイク
BLOOD LAD
戦姫絶唱シンフォギアG
魔界王子

ロウきゅーぶ!SS


ダンガンロンパ
サーバント×サービス
神のみぞ知るセカイ
キングダム2



幻影ヲ駆ケル太陽
犬とハサミは使いよう
Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ



銀の匙
帰宅部活動記録
FANTASISTA  DOLL



げんしけん 二代目
君にいる町
八犬伝ー東方八犬異聞



ガッチャマンクラウズ
義風堂々!! 直江兼続 〜前田慶次酒語り〜




有頂天家族
キングダム2




戦勇。2






表1 

 去年、私は「最近の事件から見る中国オタク向け動画サイト」という記事を書いた、中で「銀魂」の版権を巡って、弾幕サイト「ビリビリ動画」と「土豆」の対立を紹介した。以下はその一部:
「Tudou」(土豆)には弾幕がないため、「AcFun」や「ビリビリ動画」で楽しめるオタクが多い。しかし、これは「Tudou」の利益を害する一方、著作権に違反する行為である。「Tudou」は「銀魂」の放送権を握るうえ、「ビリビリ動画」に手を出さないわけがない。今月(2012年10月)の14日、「ビリビリ動画」の管理者は自分のWeibo(微博 中国版のツイッター)でこう書いたー「著作権の問題で、今日から『銀魂』の投稿を一切受け止めない。皆さんはTudouで見てくさい」 「Tudou」の行為は一部のオタクたちの不満を招き、他の弾幕が見えるサイト「吐槽」(http://www.tucao.cc/)(日本語のツッコミの意味で)に投稿した。しかしまもなく、「吐槽」サイトの管理者も自分のWeiboで同じ話を書き込んだ。 これで、ネット上で「銀魂」を見たいなら、「Tudou」で見るしかない。無論「銀魂」だけではなく、他の著作権があるアニメ作品、これから「ビリビリ動画」「AcFun」で見えないだろう。
「土豆」など動画サイトは版権を握るが、弾幕サイト「ビリビリ動画」や「Acfun」はオタクの中での人気は無視できないほど大きい。「土豆」は自分の弾幕サイト「豆泡」を売り出すために版権に厳しいが、ほかの動画サイト、例えば「楽視」は結構融通がきくほうだ。
 図2はiPadアプリ「ビリビリ動画」の画像だ、ピンクのペンで表記したのは動画のソースである(Web上はソース見えないらしい)。つまり「とある科学の超電磁砲s」12話のソースは「新浪視頻」だった。


図2 

 図3は「這いよれ!ニャル子さんW」12話の画面である。ソースのところ「楽視クラウド」が見られる。


図3

 「楽視クラウド」は「楽視」傘下のサービスの一つである。ホームページを見て、連携企業のとこ、ビリビリ動画が見られる。


図4

 「ビリビリ動画」はなぜ楽視と連携するかというと、いくつ原因がある。
 1、ホストの問題
 周知していると思うが、ビリビリ動画にしても、Acfunにしても、弾幕サイト自体は動画ファイルをホストしない、そのためほかの動画サイト「新浪視頻」や「優酷」を依存している。「新浪視頻」はアップロードされた動画を6分間ずつ各のサーバーに分配するので、時々サーバーの応答が停止したり時間かかったりして、動画は途中遮断される場合がある。それは有名な「6分間の呪い」である。
 「楽視」と連携したら、より安定なサービスが提供できるうえ、アップロードから公開される審査の時間は一気に短くなる。
 2、版権の問題
 前にも言ったように、弾幕サイトは著作権に違反した不正な物が流通されるという問題があるが、「楽視」は版権を購入することによって、この問題は解決されるかもしれない。
 3、「楽視」の都合 
 「楽視」のアニメには版権があるが、「楽視クラウド」サーバー上すべての動画は版権があるとは言えない。仮に不正なものがあっても、それはユーザー自分がアップロードするやつと言ったらごまかせる。しかも、「楽視」の最終目的は「楽視スーパーテレビ」や「楽視ボックス」を売ることである、そのため動画の質と量はとても重要だと考えられる。「ビリビリ動画」のコンテンツの豊かや質の高さは言うまでもなく高いレベルで、「楽視」にとって、絶対いいパートナーに違いない。「ビリビリ動画」はどのような契約をしたか知らないが、もしクリック数や閲覧数まで獲得すれば、「楽視」にとってまさに損がない商売だ。
 
 話はニコニコ動画に戻るが、以前私は「ニコ動解禁事件の始終」という記事を書いたことがある。ニコニコ動画は2010年から禁じられ、今は解禁したが、海外のニューザーにとって、アニメチャンネルの配信アニメは依然として見えない。
 2012年4月、ビリビリ動画は一度ニコニコ動画と連携したことがある。それは「Fate/Zero」を配信したことで、しかし視聴審査機関の許可がなかったので、上の機関に発見され第三回の配信までで配信終了となった。そのため中国のオタクの中で大騒ぎを引き起こした。
 ニコニコ動画は独自のサーバーがあるし、アニメの版権もある。コンテンツの豊かさはビリビリ動画やAcfunの倍以上だと思うので、中国に進出してうまく運営すればもうけると思う。今まで、ニコニコ動画のボカロ動画を見たいなら、一度ダウンロードして編集してアップロードしなければならないが、もし中国に進出すればこのような手間がいらないし、個人レベルの著作権の侵害問題も次第に解決できると思う。
 
 大航海時代では、ポルトガルやスペインはイニシアチブを取って、その後フランスもイギリスも遅れてたが追い越した、それに対して閉鎖した国々は例外なく衰弱した。今中国の動画サイトも同じ、進出しないともうすぐ市場が分割され、そのとき進出したくても食べ残ししかないだろう。





ソース
図1:http://photo.weibo.com/1738821795/wbphotos/large/photo_id/3593550141281197?refer=weibosearch
図4:
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