2022年4月5日火曜日

なぜ中国ではBLを「耽美」と呼ぶのか、「耽美」の語源から見る中国サブカルチャーのあり方

※以下はJ.GARDEN50にて頒布した「中華BL用語大事典」に収録したコラムである、少し公共性の高いテーマでもあり、ブログにて公開してみた。ご意見などは気軽にどうぞ。




腐女子に対しての研究は、中国国内で2006年あたりから研究が始まっている。女性がメインの作り手であり、読み手でもありながら、コンテンツの中では女性が不在、現実社会では性的抑圧が多く見られながらもBL作品の中では性的表現が男女恋愛作品よりも過激であることがしばしばある。BLという趣味の輪の中で女性同士は独特なコミュニティを形成し、独自の言語でコミュニケーションを行う。などなど、これらはいずれも興味深い研究テーマで、これらを対象とする学術雑誌掲載論文や学位論文は中国学術文献オンラインサービスCNKIで検索するだけでも500件以上ヒットする。

「耽美」の語源は耽美主義か

 BLは今の中国において、特に若者の中ではもはやポップな文化の一つだが、サブカルチャーの扱いで、さらに外国語からの概念を多く利用するため、BLをテーマにした研究論文では、必ずBL(耽美)の概念を説明するところからスタートしている。最初の論文から直近の論文までを読んでみたところ「耽美」の語源は日本の耽美主義からの由来だという解説をよく見かける。

 このような解釈は正直、中国語としての先入観があるように思い、中国で腐女子をしていた私にとっては少し無理矢理感を感じる。こう感じたのは私だけではない、ファン文化研究者の鄭(2018)は「中国語の研究論文においては、言葉の変容についての研究はほとんどなく、中国語の耽美と日本語の耽美のニュアンスの違いを指摘する学者もいない」。さらに「『耽美』は日本においてBL作品の呼称としていた期間は非常に短い」と述べ、日本において「耽美」に近い意味を持つ言葉としてやおい、BL、JUNE、少年愛があると挙げていた。

 このような解釈は私の認識に近い。中国において「耽美」の使用と広がりは主にインターネット上にあり、当時(2000年代)のアーカイブがほとんどないため言葉拡散の追跡が非常に難しい。ただし「耽美」が中国に伝わった時期や使い方から考えると、語源は1978年創刊の「JUNE」のコンセプト「女の子のための耽美雑誌」が由来だと思う。石田(2020)によれば、1990年代初頭までに、「JUNE」が命名した耽美は、女性が作り楽しむ男性同士の性愛物語を示す単語として読者の間で流通することになった。当時の情報伝達におけるタイムラグを考えると、1990年代〜2000年代中国に伝わってきた「耽美」は間違いなくこの使い方であろう。

なぜ「耽美」と耽美主義は関連付けられたか

 語源が分かったところで、なぜ「耽美」は耽美主義と関連付けられるようになったかという疑問は自然に出てくる。10年以上前に書かれた論文では、日本側の資料を入手することが難しかったと思われるため、一部誤認識があっても仕方がないと受け止めよう。しかし、なぜ最近の論文でも正しい説明を行っていないのかについて、鄭はBLを意味する「耽美」を耽美主義への結びつけるのはサブカルチャーに市民権を獲得するための話術だと指摘した。その理由として、サブカルチャー作品の価値基準はメインカルチャーと異なるけれども、メインカルチャーの価値に判断基準を委ねていることをあげた。要するに、「耽美」文化を夢中にさせる理由を合理化させるには、すでに文学性が高く評価されている耽美主義と関係付け、腐女子たちは同性愛云々よりも純粋な「美」を追求する、といった方向性のほうが一般の人受け入れやすく、腐女子たちにとっても都合がよいのである。

 このような誘導が広く受け入れられたのはメインカルチャーがサブカルチャーに侵蝕されたからだと鄭が説明した。そしてこの侵蝕がいかに容易であることの例として、小説原作のテレビ「琅琊榜」[注1]をめぐる論争を取り上げた。「琅琊榜」はBL小説サイトで連載されていた経緯があり、一応一般人向けだが、BL小説の中でよくある設定や展開を用いていた。連載途中に一般小説サイトに移籍し、ドラマ化した際もBL要素を徹底的に排除した。サブカルチャーの土壌で生み出された作品だが、家国天下など壮大な物語のイメージが強化された結果、メインカルチャーとして広く受け入れらた。なので、北京大学の准教授が発表したBL文化の視点から「琅琊榜」について分析する雑誌論文がネット上に公開された後、腐女子たちから反発が上がった。彼女たちは自分は腐女子だが、そういう目ではこの作品を見ていない。愛国心や忠義の心というのが物語の主軸で、腐った目でこの作品を見るなんて、もはや一種の侮辱だと反論した。これに対して、鄭はこのような反論こそメインカルチャー価値観の現れだと指摘し、同性愛を消費することや同性愛そのものを、歴史的な興味、関心という建前で隠している。そしてこのような反応は一つの防衛本能でもあると。サブカルチャーとメインカルチャーとの間に壁を作ることで、メインカルチャーからのさらなる侵蝕を阻止をしようとした。

 このような防御はこの数年、サブカルチャー界隈で頻繁に見かける。例えばVTuberの赤井はあと、桐生ココが生放送の中で台湾発言にめぐっての炎上、 BL小説原作のドラマに出演した人気俳優張哲瀚が靖国神社での記念撮影をめぐって炎上、などなど。これらの炎上はアンチによるものよりも彼らのファンがきっかけだったり、ファンが一番最初に発信したりする。ファンたちの行動は感情的でありながらも合理的、国が提唱するような価値観に反する行為や表現を見かけた際に真っ先に線引きをしておかないと特定の個人に留まらず、ジャンル全体が炎上するリスクがあるから。

 一般的に、サブカルチャーは反権力的だ、メインカルチャーに対抗するような性質があると言われている。このような傾向は中国のサブカルチャーファン、特に若い世代からはあまり見られない、少なくとも表からは見られないことから中国現代社会の世相の一面をのぞけるのではないかと考えている。

「耽美」はこれから日本で広がるか

 面白いことに、中華BLの大ヒットにより、「耽美」の言葉はまた最近目にするようになってきた。例えば記事のタイトルにこのような表現がある。

「耽美すぎるイケメンが舞う…「山河令」が次に来る!」[注2]

「耽美な「陳情令」の世界観...シャオ・ジャン&ワン・イーボーの麗しすぎるブロマンス」[注3]

 タイトルや本文に「耽美」という言葉が使用され、結びに「耽美な世界観」「耽美すぎる」といった日本語的な使い方が見られるし、中国語の「耽美小説」をそのまま日本語にした表現もあった。

 日中ともに漢字を使うゆえ出てきた意味が混在している表現は今後、中華BLのヒットによってどう変化していくのか、引き続き注目したいところだ。


【注】

  1. 日本タイトル「琅琊榜 ~麒麟の才子、風雲起こす~」である。
  2. https://www.cinematoday.jp/page/A0007930 2021年10月2日閲覧
  3.  https://hominis.media/category/overseas/post7745/ 2021年10月2日閲覧

【参考文献】

  1. 郑熙青,想象“耽美”:无法破壁的亚文化资本和耽美 亚文化的合法性悖论,跨文化对话,第9辑,390411
  2. 堀あきこ,守如子,BLの教科書,BLの教科書,2020,少年愛と耽美の誕生,edited by 石田美紀,26-27
  3. 郑熙青,肖映萱,林品,网络部落辞典:女性向·耽美,天涯,2016年第3期,173-188 

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